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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)793号 判決 1964年6月16日

控訴人 中西清二

被控訴人 森謙吉

右訴訟代理人弁護士 新谷啓次郎

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金二三万円及びこれに対する昭和三六年三月三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

この判決は、被控訴人において金八万円の担保を供するときは、勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

(一)  昭和三五年一〇月一九日夜被控訴人の次男訴外亡森栄男が控訴人にペンナイフで刺され死亡したことは当事者間に争がない。

(二)  そこで右死亡の原因についてみるに、≪証拠省略≫によると、控訴人及び栄男は、いずれも電話工事の請負業を営む訴外木下正一郎の配下の電気工夫で、右事故当時和歌山県東牟婁郡古座川町明神の工事現場において電話の配線工事に従事していたものであるが、控訴人は当日仕事を終え、明神地区の訴外加藤方において、同僚の工夫と一緒に夕食をすませ休憩中、居合せた栄男から「今晩隣村に遊びに行こう。」と誘われたが、これを断わつたところ、同人から「金もないし、ケチケチする奴だ」等と侮辱的言辞で罵られ、人前で恥をかかされたほか、同夜八時半頃工夫等の宿舎であつた同じ地区の訴外下中方(前記加藤方から二〇〇米位の距離にある)玄関口においても、「遊びに行こう」「行かぬ」などのやりとりで再び栄男と口論し、寝室の同家奥六畳に入つてからも、隣室にいた同人より誘いを断わつたことをしつこく罵られたので、これに憤慨し、寝床で読書していた栄男の傍にかけ寄り、同人を足蹴にしたため、同人と殴り合いの喧嘩となつたが、その場は責任者の訴外藤本の制止により事なきを得た。その際栄男は「今晩はただでは済まんぞ」「枕を高くして寝られんぞ」等と捨台詞を残して屋外に飛び出したので、控訴人は同人の言動より、その攻撃を予期し、これを反撃するため布団の下にペンナイフを置いて寝ていたところ、案の定同日午後九時過頃栄男は義兄である訴外宮本の加勢を得て、下駄を振りかざして室に侵入し来り、物音で目醒め、起上ろうとする控訴人の頭部などを矢庭に下駄で殴つたので、格闘となつたが、その際控訴人は布団の下から取り出し所持していたペンナイフを以て、ところかまわず栄男を切り付けたり突刺したりして、傷害を負わせ、よつて同夜間もなく同人を死亡させるに至つたことが認められ、≪証拠の認否省略≫他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  控訴人は右加害行為は正当防衛であるから不法行為を構成しないと主張するが、前記認定の事実からすると、控訴人は喧嘩闘争に際し、相手方の攻撃を予期し、用意した刃物を以て相手方を傷つけ死亡させたもので、加害の際相手方の攻撃を防禦する立場からしたものであつても、右加害行為は喧嘩闘争の過程において加えた反撃行為であるから、これを以て正当防衛と解することはできない。してみると控訴人の上叙の加害行為は不法行為に該当するから、栄男に被らせた損害を賠償する義務があること明らかである。

(四)  よつて損害額について考察するに、≪証拠省略≫によれば、栄男は電気工夫として死亡当時一日金八〇〇円の給料の支給を受け、一ヶ月少なくとも二〇日稼働して一万六〇〇〇円の収入を得ていたことが認められる。≪証拠の認否省略≫。そして電気工夫などのように工事現場において相当な重労働に従事する労働者は、一般に飲食費等に相当の金員を費消するものであることは顕著な事実であり、右費用はその収入を得るための必要な費用と認められるから、右の事情を考慮して、栄男の生活費はその収入の七割と認めるを相当とする。したがつて、栄男の一ヶ月の純収入は、金四、八〇〇円であると認められる。又栄男が死亡当時年令満二六年〇月であつたことは当事者間に争がなく、前記被控訴本人の供述によると、栄男は死亡当時普通の健康体であつたことが認められ、さらに前記証人木下正一郎の証言によると、電気工の稼働可能な最高限界年令は満五〇年であることが認められる。以上の事実に徴すると、栄男は本件事故後なお二四年稼働可能であつたものとみられるから、被控訴人の請求に係る右年限以内の二三年六ヶ月に栄男の得べかりし純収入は金一三五万三、六〇〇円となるところ、右収入につきホフマン式計算法により一ヶ月を単位として年五分の割合による中間利息を控除して算出した死亡時における一時払額は金九九万三八四一円(円位未満切捨)となること計算上明らかである(被控訴人は本件事故当日から本件訴状送達の日であること記録上明らかな昭和三六年三月二日までの約六ヶ月間の純収入は既に取得している筈であるとし、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して算出しているが、死亡による得べかりし利益の喪失による損害は、死亡当時既に確定額につき発生し、その請求時期の如何によりその数額を異にするものではないから、損害額の算出に当つては死亡後のすべての得べかりし利益につき前記計算法により中間利息を控除して計算すべきものである。)

(五)  しかるところ、上叙の本件事故発生の原因に際して明らかなとおり、本件事故が、控訴人の栄男に対する侮辱的な発言及び暴行に端を発した右両者間の喧嘩に起因するとはいえ、他人の制止により一たんは静まつたのに拘わらず、栄男が控訴人に再び攻撃を加えたところを控訴人から反撃を受けたことによるものであつて、栄男の言動も事故発生につき相当な誘因となつていることは否定すべくもないところであるから、右の点を本件事故の損害賠償額の決定につき斟酌すると、右得べかりし利益のうち控訴人の賠償すべき額は前項の金九九万三、八四一円のうち金一八万円と定めるを相当とする。そうして被控訴人が栄男の損害賠償債権を相続により承継したことは当事者間に争がないから、被控訴人は控訴人に対する金一八万円の債権を取得したこととなる。

(六)  次に被控訴人は二男である栄男の死亡により精神上相当の打撃を被つたことは窺うに難くはないが、反面本件事故発生につき栄男の言動も相当な誘因になつていることは上叙のとおりであり、又、前記控訴本人の供述によると、控訴人は本件事故の故に懲役五年の刑に処せられ、目下服役中であつて、収入皆無であるのみならず、資産とて何も有しない生活状態にあることが認められ、右の事実に本件に現われた諸般の事情を考慮して、控訴人が被控訴人に支払うべき慰藉料額は金五万円を以て相当と認める。

(七)  よつて、被控訴人の本訴請求は、財産上の損害として金一八万円及び慰藉料として金五万円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三六年三月三日から各完済に至るまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべく、これと異つた原判決は変更を免れない。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江菊之助 裁判官 木下忠良 中島孝信)

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